少年時代は野球小僧でした。その2…中学生時代。

野球部丸刈り

中学校の野球部は、小学校とは全く別物でした。

まず、先輩が厳しい。
学年が1年違えば、後輩は虫けらです(^^;
3年生は絶対君主でした。

そして、監督が厳しい。
練習は地獄でした。
私は体力がないものだから、なおさらです。

当時はまだ根性論の時代で、今の時代から見るととんでもない練習をしていました。
うさぎ跳びでグラウンド一周、鉄棒の懸垂100回、炎天下の100メートルダッシュ100本、練習中は飲水禁止など。

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何より丸刈りが嫌だった。そして野球が嫌いになった。

練習以外で何より嫌だったのが、丸刈りです。
私はそれだけは絶対嫌だったので、少し長めにしていました。

小学校時代と違って、部員がたくさんいたので、レギュラーにはなれませんでした。
試合に出られたとしても、ポジションはライト、打順は9番でした(^^;

小学校の頃は大好きだった野球が、中学に入って嫌いになりました。
そして、1年生の3学期、それまでなかった吹奏楽部が新設されることになり、小学校の時にトランペットを吹いていた私は、野球を捨てて吹奏楽部に転向することに決めたのです。

2年生の始業式は悪夢でした。
クラス替えで新たに担任になった先生が、野球部の監督だったのです。
最初の挨拶で、「この中に卑怯な形で野球部を辞めた奴がいる」と、名指しこそされなかったものの、私のことを非難しました。
私は、「何もこの場で言わなくてもいいだろう」と思い、しょっぱなからその先生に不信感を持ちました。
その先生は体育の先生で、当然ながら(?)2年生の体育の成績は散々なものでした。

ちなみにこの先生、私が2年生になった時、野球部の監督を辞めて、サッカー部の監督になったんです。
新しい野球部の監督には、1年生の時の担任の先生がなりました。
とても優しい先生です。
それまでの厳しかった部活が一変し、丸刈りの規則も撤廃され、和気あいあいとした雰囲気に変わっていました。
私は吹奏楽部に転向したことは後悔していませんが、その先生が監督になると分かっていれば、野球を続けていたかもしれません。

 

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